
川崎フロンターレがリーグ優勝をしたが、プロ野球の日本ハム新庄剛志監督誕生で話題は全て持っていかれた。少し残念だなと思う半面、新庄氏が持つ圧倒的キャラクターとカリスマ性に、これは仕方ないと思わざるを得なかった。 新庄氏の素晴らしさは、その存在が放つエンターテインメント性にある。しかし、そこには緻密な戦略があるように思える。それはコメント力だ。ダラダラと長い文章を読み上げるように伝えるのではなく、「ビッグボス」や「優勝なんて目指しません」といったキャッチーでメディアが使いやすい言葉をチョイスしている。 その結果、ド派手な衣装と絡み合い、紙面やウェブ上で「言葉」が人の好奇心をそそる。新庄氏が意図しているかどうかはさておき、このあたりはJリーガーを含めた全てのアスリートがまねをするべきポイントだと思う。それは決して紙面に載るためにやるわけではなく、自分の存在が何のためにあるのかをしっかりと把握することから始まる。 例えば、Jリーグ年間最優秀選手(MVP)を受賞した選手には責任が伴う。それは受賞後の1年間はJリーグの顔になるという責任だ。簡単に言えば広報大使なわけだ。Jリーグがどんな基準で選んでいるかは定かではないが、MVPにふさわしいのは、その年に最も優れた成績を残しただけではなく、その選手がJリーグの顔となり、多くのメッセージを世の中に伝えられるかだと思っている。 しかし、残念なことに、近年はメッセージが世の中に残り続けているMVP選手はいないように感じる。それはプレー面ではなく、その翌年にJリーグの顔として「広報大使」を全うできているかどうかという点でだ。そう考えると、93年にJリーグ初代MVPに輝いたカズさん(三浦知良)が表彰式で風船から飛び出して見せた赤いスーツ姿は非常に印象的で、新庄氏の会見衣装と似た匂いを感じる。これがいいかどうかはさておき、自分の立ち位置をわかっているかどうかが大事だということだ。 僕は現役時代に「年俸120円Jリーガー」と呼ばれていた。その結果、テレビや新聞、雑誌など多くの媒体に取り上げてもらった。「年俸120円でJリーガーとか言ってんじゃねーよ」という批判はたくさん届いた。僕自身もその批判に対して一定の理解はしている。しかし、ここで大事なのは、その金額に対する是非ではなく、自分の置かれた立場を理解して何を発信するかということだ。 「年俸120円Jリーガー」という肩書のおかげで、民放のゴールデン番組で1時間取り上げられた。それ以外でも新聞や雑誌、ラジオでも取り上げてもらった。自分のブランディングにも非常に重要であったが、所属クラブの名前を露出することにもつながった。広告換算をしたらその露出にいくら必要だったのかは簡単に計算できる。それを「年俸120円」でできたのだから、それだけでも意味のあることだったと僕は言えると思っている。 そう考えたときに、新庄監督誕生でどれだけ多くのメディアが「北海道日本ハムファイターズ」という球団の名前を露出しただろうか。そして北海道という地域にどれだけの希望を与えたかは計り知れない。おそらくここまでを見込んで球団も本人も動いていたと僕は考えている。もしかしたらトライアウト受験もここまでの既定路線があった上で勝負をしたのかもしれないと思わせるくらい見事なシナリオだと思う。 あの手この手で、野球界を盛り上げようとしているその姿をJリーガーは見習うべきだと思う。大事なのは本気でその業界を変えよう、盛り上げようとする意図がそこにあるかないかだと思う。川崎フロンターレ優勝という事実は記事となった。しかし、それはメディアで特集を組まれるほどではない。もしかすると新庄監督誕生は知っていても、川崎フロンターレ優勝を知らない人は多くいるのではないかと思う。 僕は本当の意味で結果を出すとは「歴史を変える」ことだと思っている。歴史が変わらなければ、それは「結果を出した」とは言えない。Jリーガーはよく結果を出してから言葉を発するという心情の人が多いが、その結果は試合に勝ったとかゴールを決めたという単発のものであり、その業界の人しか知らない情報だったりする。それは結果とは言わない。「ビッグボス」には歴史を変えてくれるような期待感があり、すでにこんな会見をした監督はいないだろうから結果を出したとも言えるだろう。 歴史を変えなければ「結果」を出したとは言えない。厳しい見方かもしれないが、今のサッカー界にはその観点が必要だ。このまま「フットボール」というスポーツの恩恵にあぐらをかき、「Jリーグ」という価値を競技としてもエンタメとしてもスポーツとしても更新していくことが困難な状況にあると僕は思う。今こそもう1度Jリーガーひとりひとりが当事者意識を持って、10年、20年、100年後の日本サッカー界を真剣に考えるべきだ。 その中で大事になってくるのが、セルフプロデュースだと思う。何をコメントし、どこに向けたメッセージなのか。そして「あなたは何者なのか」という禅問答のようなクエスチョンの答えを自ら出していくことだ。「サポーターの皆さんのおかげです」という定型文をぶち壊し、自分で考え、選択してメッセージを残せるJリーガーが出てこない限り、本当に社会や地域から必要とされる「Jリーガー」が現れることはないだろう。次のキャリアを考えて「副業」をするのもいいが、自分の立場と現在地をちゃんと理解して、これから先の未来に何ができるのか、何を残して何を継承していくのかを本気で考えることが必要だと思う。 もし日本代表がW杯に出場できなかったら、日本サッカー界は一気に衰退していく。どんな状況になっても魅力あるJリーグを未来に継承していくために、Jリーガーひとりひとりが意識を変え、自分にしかできな行動をしていって欲しい。 新庄氏は複数年契約を断り、1年契約にこだわった。その思いが本当かどうかはわからないが、Jリーガーも複数年契約でサラリーマン化するのではなく、1年という期間の中で「プロフェッショナル」として全うし、限られた時間の中でやり切る覚悟を持つ選手が増えてくることを願う。 ◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、19歳で地元クラブとプロ契約を結んだが開幕直前のけがもあり、帰国。03年に引退するも17年夏に39歳で再びプロ入りを志し、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年にJ3YS横浜に移籍。同年開幕戦の鳥取戦に41歳1カ月9日で途中出場し、ジーコの持つJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を更新。20年限りで現役を引退し、格闘家転向を表明。同年12月には初の著書「おっさんJリーガーが年俸120円でも最高に幸福なわけ」(小学館)を出版。オンラインサロン「Team ABIKO」も開設。21年4月に格闘技イベント「EXECUTIVE FIGHT 武士道」で格闘家デビュー。8月27日に同大会で第2戦に挑み、2戦連続でKO勝利。175センチ、74キロ。
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