ヤマトHD 執行役員 データ戦略担当 中林紀彦氏ヤマトホールディングス(以降、ヤマトHD)は2020年1月、グループの経営構造改革プラン「YAMATO NEXT 100」を発表した。その中で、今後4年でデジタル分野に約1000億円を投資し、デジタルプラットフォームの構築やDXの実現に向けた取り組みを進めていく。YAMATO NEXT 100の中で同社がミッションとして掲げるのが、社会インフラの一員として顧客と社会に向き合い「新たな物流のエコシステム」を創出すること、それを通して次の時代にも、豊かな社会の実現に持続的な貢献を果たす企業であり続けることだ。
この計画の中で、2019年にヤマトホールディングスに参画した執行役員 データ戦略担当の中林紀彦氏が果たす役割は大きい。中林氏はデータサイエンティスト協会の理事としての顔を持ち、内閣府「人間中心のAI社会原則」や経済産業省「AI・データ活用ガイドライン」の策定にも加わる。自身がデータサイエンスを専門とすることもあり、ITベンダーに所属する傍ら、大学でデータサイエンティストを志望する学生の指導や国内外のスタートアップの支援にも積極的だ。過去には国内大手保険会社に籍を置きデジタル変革やAIを活用した新たな事業モデル開発の基盤作りをリードしたこともある。
特集:物流Tech
物流業界はダイナミックなデジタル変革が進む。オペレーション効率最大化に向け、組織を超えた情報や技術の連携、設備のサービス化、IT基盤を使ったプラットフォーム開発など、企業間の競争も激しい。既に極限まで効率化されつつある業界だが、この数年はグローバルプレーヤーに加え、ITスタートアップやプラットフォーマーを目指すプレーヤーの参入が相次ぐ。ITを起点に大きな変革の中にある物流業界のトレンドを追う。
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この1年を見てもヤマトHDの中でデジタル変革に向けた活動が進む状況が見て取れる。2020年4月には「YAMATO NEXT 100」の計画に基づき、オープンイノベーション推進のために50億円のCVCファンド(Kuroneko Innovation Fund)を設立、ビッグデータ分析基盤を提供する米国Palantirにも出資した。Palantirはペイパル創業者が設立したデータ分析専門の企業で、その技術は米国防総省やFBI、CIAといった機密情報を扱う組織でも採用されてきた。非構造化データと構造化データの統合分析を得意としており、全体の「文脈」から用語の意味を動的に変化させる技術である「ダイナミックオントロジー」を活用した関係分析やSaaS型のマネジメントコンソール、バックエンドのデータをフロントエンドのビジネスロジックの間をつなぐ機能などを持つ。
PalantirのWebサイト。同社はヤマトHDの他、富士通やSOMPOホールディングスも出資する2020年6月にはEC事業者向け新配送商品「EAZY」をリリースし、2020年8月には「デジタル化された受取・返品システム」を提供するDoddleとの提携を発表した。Dodddleは英国の他、オーストラリア、米国の郵便公社と提携しており、リテール事業者のEコマースシステムにも組み込まれている。2020年11月からは「EAZY」導入企業と特定のEC事業者を対象にDoddleの「Click & Collectシステム」を導入し、サービス提供をスタートする予定だ。
コロナ禍を経て、非接触で荷物を届ける「置き配」と呼ばれる配送方式が注目を集めるが、各EC事業者が「置き配」モデルやシステムをゼロから自前で構築するのは負担が大きい。さらに返品対応もシステム化できれば顧客の利便性向上につながる。EAZYやDodddleが持つ機能を提供することで、事業者の規模に関わらず柔軟な受け取り方法を選択することが可能になる。EAZYでは、一般的な「置き配」とは異なり、建物内の受付や管理人預けなど多様な置き場所を指定できる他、配達直前まで場所の変更も受け付けられるのも同サービスの特徴だ。
さらにヤマトHDは既存ビジネスを拡張するデジタル変革に加え、今後はこれからの社会変革につながるMaaS(Mobility as a Service)領域での知見も集める計画だ。既に車両情報の収集にも取り組んでおり、「さまざまなことを検討している最中」だという。
1年のうちに次々と手を打ったように見えるが、今見えている成果はあくまでも途上で「クイックとロングタームのバランスをとりながら進めた結果」(中林氏)であり、長期的には、ビッグデータ基盤の整備やエコシステム確立を目指すプロジェクトを進めている。
膨大なアセット、リソースをどうDXに結び付けるか
「私たちは過去2度の事業変革を経て成長してきました。今は3度目の変革期にあると考えています」(中林氏)
ヤマトHDの中核企業であるヤマト運輸は今でこそ宅配事業で知られるが、その歴史をたどると2度の大きな変革を経験している。同社の創業は大正8年(1919年)、日本国内にトラックが204台しかなかった時代に4台のトラックを調達してビジネスを開始したことが始まりだ。その後、1929年に一度目の変革である路線事業に乗り出して企業は大きく成長した。二度目の変革となる宅配ビジネスを開始したのは1976年のことだ。宅配ビジネスの拡大とともに新サービスの投入を進めてきた結果が現在の同社の姿だ。
現在、同社が取り扱うのは、年間約18億個の荷物だ。これだけの荷物を全国に配送するために約5万6500台の車両、約4000拠点の事業所や70拠点のトラックターミナル、100カ所の倉庫を抱える。同社の「ものを運ぶ」を軸にしたビジネスは、多くのフィジカルリソースを使い、膨大な荷物を迅速かつ確実に届けるため、システム化や個別のIT活用を通じて時代の要請に応じてきた。エンドユーザー向けの利便性を追求したサービスも、同社がIT投資をし続けた結果と言える。
ところが、長く続くヤマト運輸のビジネスモデルは「ある意味で変革する時期にきています」と中林氏は言う。
「YAMATO NEXT 100」で掲げたミッション達成のために重視するのが、顧客に向き合うため組織の「再編」(CX)、経験と労働力に依存した経営からデータに基づいたデータドリブン経営への「転換」(DX)、そして共創と協業により物流の新たなエコシステムを創出する企業となる「進化」(Innovation)の3つだ。
この3つを進めるために3つの事業改革と3つの構造改革を推進する計画だ。事業構造改革としては「宅急便のデジタルトランスフォーメーション」「ECエコシステムの確立」「法人向け物流事業の強化」を挙げる。基盤構造改革は「グループ経営体制の刷新」「データドリブン経営への転換」「サステナビリティの取り組み」だ。この中でデータ・ドリブン経営については、2021年3月までに中林氏らが中心となって地盤固めをし、2021年4月以降で本格的なDXを推進していく予定だ。
中林氏がヤマトHDに参画したのは2019年8月のことだ。そこからの約1カ月はYAMATO NEXT 100の核となるデジタル戦略を作り上げる準備に費やした。各組織のリーダーからの聞き取りや事業部門の担当役員を中心としたメンバーとデータ活用に関するディスカッションを徹底的に実施し、同社が目指すデータドリブン経営に対する理解を深めた。
「『データを何に使うか』を見極める作業は極めて重要です。デジタル戦略を立てるには、まずそれぞれのビジネス戦略を丁寧に把握する必要があります。これがなければ大規模なデータウェアハウスができても、活用されず意味がありません」(中林氏)
宅配体験を変える配送プラットフォームを構築、EC事業者らのサービスを再設計する
宅急便のデジタルシフトについては「紙の発送票をなくすこともありますが、荷物を運ぶ裏の仕組みのデジタル化を進めることで最適化していきます。そのために顧客体験部分を設計し直し、顧客ジャーニーに合わせたサービスを提供します」と中林氏は説明する。
ECエコシステムの取り組みとしては、前述のEC向け新配送商品「EAZY」が先行するが、全体像はより広範なDXを目指して行く。EC利用者、EC事業者、配送事業者の全てをリアルタイムなデジタル情報でつなぎ、購入、配送、受け取りの利便性と安全性、効率性を向上させて行く。
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このプラットフォームの提供を皮切りに、EC事業者向けに共同倉庫や配送最適化、ラストマイルデリバリーの最適化を進める計画だ。
法人向け物流事業の強化としては領域に特化した対応を始めている。その1つが医療だ。新型コロナウイルス対策もあり、オンライン診療が進んでいる。さらにオンライン診療後に病院から薬局に直接処方箋を送り、医薬品を薬局から患者に直接届けるサービスも始まっている。「さまざまな領域の顧客属性に合わせた運ぶビジネスがあります。それを支えるビジネス基盤を提供していきます」と中林氏は言う。
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データドリブンに向けて1000億規模の投資、300人規模のIT・デジタル推進組織も編成
ヤマトHDは現在、YAMATO NEXT 100に基づく事業構造改革を進めるために、組織改革にも着手する。グループ経営体制を刷新し、リテール、地域法人、グローバル法人、ECという4つの事業本部を置き、それらを支える4つの機能本部を置く体制に移行していく。体制変更に伴うシステムなどの見直しも必要だが、スピード感ある組織変更も重視している。
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