カナダに住んで計3年半の歳月が流れた。ワーホリと観光ビザで滞在した最初の2年間は呑気に暮らしていたけれど、永住権をとって以来の1年半はなんだかんだいろいろ大変だった気がする。さらに「本当にここに住むんだ」というのが嬉しい反面、日本が恋しいなぁと思うことも増えてきた。
特にコロナがあって以降、日本に物理的に帰れない状態に迫られると、不安が押し寄せてくる。日本の友達とはテクノロジーのおかげでメールでもZoomでも何でもできるけど、アナログな両親とはそうはいかない。
それでも数年前にお母さんが携帯をスマホに変えて、頑張って使い方を習得してくれたおかげで今はライン電話ができるようになったのは幸い。
私の日本の家族はアナログで、それまではスマホもパソコンも使わない両親だったから、カナダ生活最初の2年間は、手紙を送る(北極かえる家は手紙文化がある)、お姉ちゃんを通して伝えてもらう、もしくは私が国際電話カードを買って、実家の電話に直接かけるという連絡方法をとっていた。
そう考えるとここ数年のアップデートには感謝しかないし、テクノロジーのありがたみも感じる。とはいえ、やっぱり家族とは直接会って話したい。ただただ実家で、のんびりごろごろテレビ見ながらお母さんとお煎餅食べたりする何ともない日常がすごく恋しい。
また今回コロナで、日本の家族がコロナにかかったらどうすればいいんだろう? と不安になった。私が最速で日本に帰っても2週間そもそも隔離しなきゃいけないし、そんなことを考えていると「カナダでいいのか?」という問いが出てきた。
さらにそこから、「あぁ日本にいれば今頃……」という、ありもしない現実を頭の中で作り出し、そんでもって、日本って食べ物何でも美味しいし、四季が美しいし、本屋とか神社とか電車とか何でもあって便利で最高じゃーん!(涙)っていう思考回路に発展してしまう。
日本で生まれ育った以上、やっぱり心の中に忘れられない幸福な時間や風景があって、それが自分を支えてくれると同時に、そこに引っ張られてしまう時がある。でもふとした時に、「いやいや、比べてたらあかんでしょ」という楽観的な自分が戻ってきて、カナダ生活の素朴さや、自然の豊かさ、人々の生き方をまた好きになる。
またそういう思考に陥った時には、畑の草取りをしたり、走ったり、ヨガしたりして、理想化された日本を想う脳みそをリフレッシュするようにしている。隣の芝は青いじゃないけど、きっと日本に帰ったら同じで、「あぁカナダにいれば……」となるんだろうなぁと容易に想像できる。
でもそれを永遠に続けたくはないなぁと思うし、自分がどこにいようと、周りにある小さな幸せに目を止めるように心掛けている。住む家があること、友達がいること、フレッシュな野菜が畑から採れること、人々が道端でスマイルをくれること。
インドを旅した時に、ある寺院でお坊さんが「幸せっていうのは、“今”に集中することなんです」と説いていて、迷った時はいつもこの言葉を思い出している。今に集中するって簡単なことじゃないけれど、それを思い出すと、比較したがる思考が止まる。目の前の花や、朝の露にまた目がいくようになる。
またこれもインドで出会ったあるインド人女性が「私はイギリスに住んだことがあって、イギリスも大好きだったけど、インドは私のお母さん。だからそれを切り離して考えたり、生きていくなんてのは到底無理って思ったよ」って言ってて、今まさにそれだなぁと。
地球に生まれたから“地球人”って考え方もあるけれど、やっぱり私は育った環境は身体にずっと染み付いてるなぁと感じる。地元のお祭りや花火大会の時期なんかも未だに身体のサイクルに入っている。長岡花火の日はこの「帰りたい!」欲求がマックスになる。
と、コロナで日本への帰省をキャンセルしたこともあったからか、なかなか落ち込んでいた北極かえるでありました。海外に移住するっていうのは、キラキラ~ンなイメージだけど、実際にはこういう悶々とした時間と葛藤することでもあるんだなぁ。
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June 25, 2020 at 04:01AM
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ホームシックの時こそ“今”に集中する|北極かえるのコモンロー日誌|吉村静 - gentosha.jp
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